三浦綾子の小説「塩狩峠」は、実話に元ずいているようです。
1909年2月のある日、列車が北海道の塩狩峠の頂上付近に差しかかった時でした。最後の客車が連結が外れたために、上り山を逆行して、下り初めました。そのままではカーブで脱線して大参事になってしまうのです。その客車に一人の鉄道員、クリスチャンの長野政雄の職員が乗っていました。彼は自分の命は神に捧げたのだから、いつどうなっても、良かったのです。なぜなら、まだ30歳の若さにもかかわらず、いつも遺書を持っていたのです。彼は、たまたま、旭川の教会に行くために、その列車に乗っていたのです。彼は、客車の暴走を止めるために、客車のブレーキをかけるようとしたが、止まらないのです。彼は、身を投げ出して、客車を止め、停止させたのです。塩狩峠の記念館に行くと、彼の遺書の一部が記されてある石碑(せきひ)があるのです。「苦楽生死均しく感謝。余は感謝してすべてを神に捧ぐ」。彼は、自分を罪から、死から、滅びから救うために、キリストが自分の身代わりに十字架についてくださったと信じ安らいだのです。救い主に「行った」のです。彼が受けていた恵みは、死んでも死なない命であり、重荷の罪からの解放でした。彼は、キリストから『恵みによって歩むこと』を学んでいたのです。彼には、救いの『感謝』常にあったのです。長野の命を捨てるほど人を助ける心、その根底には、キリストの救いの実感が常にあったのです。
あなたは、先ず、救い主イエス様に安らいでいますか?あなたは、次に、常に、教師イエス様から「恵み」を学んでいますか?
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