2020年11月1日日曜日

クリスチャンの金言 by A・W・トウザー




「多くの人が未だに悩み続け、求め続けていながら、ほとんど進歩らしい進歩を遂げていないのは、彼らがまだ自分の限界に達していないからです。私たちは未だに自分の考えで物事を進め、神が私たちを通して働かれようとしているのに、それを邪魔しているのです。」
「私たちが最もしなければならないことは、
『わたしはある』という神のために場所を設けることである。」
「信仰とは、本質的に言うと、被造物たる人間の、
創造者つまり神に対する応答にほかならない。」
「偶像礼拝の本質は、真の神にふさわしくない神に関する考えをもてあそぶことだ。」
「聖書に掲示された権威によって確信をもって言うが、
この地上のどんな人でも、もし礼拝がつまらなく、
暇な時間であるなら、その人は天国への準備ができていない。」
‎「神は最高だと解らない限り、
だれも神を正しく礼拝することはできない。」
「お金は多くの場合卑しむべきものであるが、永遠の宝へと姿を変えることもある。お金は空腹な人の食事となり、貧しい人の衣類となる。失われた人々の魂を勝ち取り福音の光へと導く宣教師の精力的な働きが、継続して行なわれるために用いられる。
そのようにしてお金は、天的な価値を持つものに姿を変えるのである。どんな一時的な所有物も永遠の富に変えることができる。キリストにささげられたものは、即座に不滅のものとなる。」
「救いは、私たちの側では選択ですが、
神様の側では私たちをとらえ、理解し、導こうとする
いと高き方の介入です。
ですから、私たちが救いを受け入れることは反応であって、
行為ではありません。選択の決断は、
いつも神様の御手にあります。 」
「私が雄弁で、神学的な用語で神様に祈るのではなく、
ただ黙って、上を仰ぎ見、神様が私に話す時まで待つと、
神様は私が鉛筆とノートで書かなければならないほど、
私の心に力強く語られます。 」
「聖なる人生でなければ、幸せな人生ではありません。
神様の御心を知り、行うためにすべてを費やす者は、
幸せな人生をキリストに任せている者です。」
「人々の行動が聖いものか世俗的なものかを決めるのは、
その人が何を行うのかではなく、
その人がなぜそれを行うのかによります。」
A・W・トウザー(1897~1963)アメリカの牧師、説教者、著述家、「20世紀の預言者」

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