2019年6月17日月曜日

故郷 『失楽園』 創世記3章


創世記3章を読む。創世記3章

メッセージを「失楽園」 創世記 3章を聞く。

私たちは「ふるさと」という歌をよく知っています。『うさぎ追いし、かの山、こぶな釣りし、かの川。夢はいまもめぐりて、忘れがたき、ふるさと。・如何(いか)に在()ます 父母、恙(つつが)なしや 友がき雨に風につけても思い出(い)ずる故郷。・志(こころざし)をはたしていつの日にか帰らん山は青き故郷水は清き故郷。』楽園のようですね。。。なつかしい歌とあなたの夢を壊すのは、したくないです。が、世間を見ると、新聞を読むと、テレビを見ると、インタネットを検索すると、特に聖書を読むと、世の中はけして「楽園」ではないです。歌にまでするような『ふるさと』であっても、イノシシは畑を荒らし。ポイ捨てゴミの山があるし、老人がひき逃げされるし、嫁姑の争いはあるすし、老人が詐欺被害に合うのです。私の故郷この松本だったら、サリン事件です。

造り主は、確かに楽園エデンという完璧なふるさとを造りました。。。でも、世の中を見ると、エデンの園から程遠いのです。どうしたのでしょうか?どのようにしてこの世は、こんなに悪くなったのでしょうか?どのようにして楽園を失ったのでしょうか?「失楽園」。。。。。また、希望は、あるのでしょうか?

1。創世記2全て、楽園の初めの状態はどうだったか?創世記1:31「神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。」全て天地宇宙を造られた生ける神は、とても恵み深いお方ですから、全ては良かったのです。

4―7、人間は、動物と違って、造り主によって、素晴らしい者として造られました。神は、人格的に人間に命を与え、「魂」を吹き込んだのです。。。8―17、エデンの園は、とても素晴らしい美しい楽園でした。9節「 神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。」10節「その地の金は、良質で」した。

18―25、人間関係も、ととても良かったのです。人間は、一人であることは、良くなかったのです。そして、造り主は、エデンの園の一番素晴らしい賜物として、人間に妻を与えました。素晴らしい伴侶を与えたのです。23節「人は言った。『これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」このようにして、夫は、妻を讃えたのです。25節、二人の間に一切の恥もなかったのです。人間関係は、完璧でした。

今も、エデンの園のなごりがあるのです。ある方が自然史人ウィリアム・ワーズワースの家を訪ねたました。その時、ワーズワースのお手伝いさんにこう聞いたようです。「ワーズワース氏の書斎を見せてください。」彼女は、こう答えました。「この中は、旦那様の図書室でございます。書斎は外でございます。森、ほか。それが書斎でございます。」アダムとエバは、自然の書斎、エデンの園、を満喫してたのです。そうです。楽園は、とても良かったのです。

天国に召された小畑進牧師は、このように書きました。「気持ちのゆとりのない、あまりにも忙しい、『神なんか無用』と思う世の中において、私たちは、止まって聖書を読むべきです。神のパラダイスに目を覚ますのです。深呼吸するのです。(エデンの)故郷をなつかしむのです。心が洗われるのです。楽園の回復を期待するのです。」今も、自然界の美しさを感じます。が、初めの頃のエデンの園は、口に表せないほど素晴らしいものでした。

私たちは、今も、この世界で、理想郷を作ろうとしています。恋に落ちて結婚する時、新しい仕事に入る時、家を建てる時、旅行する時。人生に失望しながらも、初めの楽園エデンのふるさとの思い出の何かが残っているからです。造り主がいると何となくわかるのです。「これではよくない。何かを失った」と分かるのです。

2.創世記3全て、楽園は、どのようにして失われたのか?

先ず、サタンが人間を誘惑し、次に、人間はそれに乗ったのです。2:16−17、神様は、「何でも自由に食べても良い。だが、一つの木の実だけはダメだ」と命じました。人間は、99.9%自由でした。神の恵みは、豊かに豊かにありました。一つだけ許されませんでした。

でも、変装したサタンは、先ず、人間に神を疑わせました。1節後半「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」「嘘、そんなことを言ったの?!」今も、全ての問題の根っこは、神の言葉と恵みを疑うことです。

次に、サタンは、人間に面と向かって嘘をつきました。4節「あなたがたは決して死にません。」完全に、先ほどの神様の言葉を否定しました。「神は、あなたの最善なんか考えてないよ!神なんか信頼できないよ!」。。そして、6節、人間は、神の言葉よりも、サタンの言葉を信じ、木の実を食べてしまいました。。。このようにして、人間は、堕落したのです。難しい言葉で「原罪」と言います。大元の罪です。そして、あなたも、私も、アダム達と同じことをしたでしょう。アダムとエバのしたことは、常に私たちの内に、生活に再現され、再生されるのです。この罪のDNAは、皆んなにあるのです。私とあなたにも背信の遺伝子があるのです。

皆んなは『悪い人は、自分でなく、他である』と思うのです。でも、聖書は、真実です。「あなたが罪人です」と真実を語ります。私です。。。イギリスの雑誌タイムズが有名な作家達にこの質問を聞いたそうです。”What’s wrong with the world?”「今のこの世の中の問題は何?」クリスチャン評論家GKチェエスタートンは、こう答えました。”Dear Sir, I am. Yours, G.K. Chesterton”「拝啓、私です。(私が問題です。)敬具GKチェエスタートン」そうのように聖書が宣べているのです。正直に自分の罪を認めるなら、望みと救いはあるのです。救い主は本当にいるのです。主イエスは、罪人を救うために来たのです。

アダム達の罪は、今の私、ダビデ、にどのように出ているのでしょうか?私の罪、心の偶像、は何でしょうか?私は、神よりも、痛みのない居心地いい生活を先にしてしまうのです。また、私は、権力を慕うのです。私が中心になり、人をコントロールしたがるのです。また、私の偶像は、人の賞賛です。神の愛よりも、人の賞賛を願うのです。私の神よりも他のものを愛する心が私の偶像なのです。奈帆を偶像化してしまうのです。奈帆を神様より大切に思い、奈帆を私物化したり、奈帆の言葉や動きにあまりにも敏感になってしまうのです。これで、二人の関係が変になってしまうのです。でも、あなたにも偶像、罪があるのす。。。ブレーズ・パスカルは、パンセでこう書きました。「人間、そは宇宙の冠にして、宇宙の屑(クズ)」。厳しいですね。私に、私たちに、醜いひねくれたものがあるのです。。。その罪を心から認め悲しむのです。

私たちの日本の社会に問題を隠す傾向があるのです。昔の『江戸いろはかるた』の一つは、これだったそうです。「臭い物に蓋をする。」悪臭の元を絶たないで、蓋を閉めて、悪臭が外に漏れないようにするということから来たそうです。私たちも、自分の罪という問題に、根本的な解決をしないで、一時的なの手段で、他人に知られないようにとする心があるのです。建前で生きているのです。。。でも、聖書は、人類の、私とあなたの問題や罪の性質を明らかに語っています。自分に、神の前に、正直であるように命じられています。

人間の罪の結果は、何ですか?一言で、難しい言葉で『疎外』です。良いお方、良いものから「離れた、のけものにされた状態」を意味しています。神が造ったものと人間自身に敵意を持ち、敵対するようになった状態です。人間が持っていた元の自分を失う状態なのです。

8節、造り主から心が霊的に引き離された状態です。「それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。」神様と親しく歩んでいたのに、罪によって、神から身を引いてしまったのです。間違った「遠慮」です。神との距離は、実は、私たち皆んながとても感じていることなのです。

10節後半、本来の自分から心理的に気持ち的に引き離された状態です。「私は裸なので、恐れて、隠れました。」神様から離れると、本来の自分を見失うのです。恥を感じ始めるのです。私たちは、今も、罪の結果の恥を感じるから、自分を常に隠そうのします。恥、怒り、心配、私は、うつと戦う時があります。ありのままの自分を認められないのです。聖書が言っているように「自分はOKではない。自分に罪がある」と実は心の底で分かっているのに。

12節前半、互いから社会的に引き離された状態です。「人(男、アダム)は言った。『あなたが私のそばに置かれたこの女が。」他の人を裁き始めているのです。「女はねー。男はねー。」と思う時あるでしょう。私たちは、自分の利益を先にしないで、人に純粋な愛によって関わることはまれです。人種差別、戦争、セクハラ、犯罪、虐殺。第2次世界大戦のナチスドイツのユダヤ人虐殺、アメリカの広島・長崎の原爆、日本の南京虐殺。私たち人間には、私とあなたにも、暴力的なものがあるのではないでしょうか?

16節、自然から肉体的にも引き離された状態です。「あなたは、苦しんで子を産まなければならない。」17節後半「土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。」子供を産む時、働く時、肉体的に大変です。温暖化が示しているように、人間は、自然と敵対しているのです。自然は、壊れていっているのです。地震、津波、台風、病気、飢餓、死、貧困、このようなものは、人間の罪の結果です。

こうやってアダムとエバは、また私たちは、楽園を失ったのです。『失楽園!』23節「そこで神である主は、人をエデンの園から追い出された。」。。人は、今も、罪によって、いつも締め出されているのです。自己を中心とする私とあなたは、排除されているのです。。。。。。。回復の希望は、あるのでしょうか?

診察には『人間は、罪という重い病がある。』ですから、症状は、ひどいのです。創造主と人との距離。あらゆるものの破壊。でも、的確な診察があれば、的確な治療もあるはずです。病の深さが分かると、生ける神のみが救えるのが分かるのです。ヤブ医者を避けます。癌に赤チンや包帯は、あまりにも無理な事です。真の魂の医者、全てを回復する方、にすがり癒されるのです。

創世記3:15、楽園は、どのようにして取り戻されるのか?罪や悪に対しての希望は、何でしょうか?15後半に希望があるのです。「彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」神様は、サタンに語って、裁いているのです。「彼」は、救い主のことです。「おまえ」は、サタンのことで、問題の一番の黒幕で、要因です。「彼(救い主)は、おまえ(サタン)の頭を踏み砕き」とあります。蛇の頭を潰すともうダメです。。。まだ香川県の高瀬にいた頃でした。が、突然、奈帆が叫びました。「へび!」マムシでした。私は、お風呂に入っていたから、助けられませんでした。それで、奈帆は、ハンガーでへびの頭を叩き、致命所を与えました。。。救い主イエス・キリストは、サタンに致命傷を与えるのです。それによってサタンの支配は、滅ぼされ、造り主の御支配が建てられ、新しい楽園、新天新地、が設けられるのです。

でも、どうやってサタンを潰し、「楽園」が設けられるのでしょうか?15節後半おまえ(サタン)は、彼(救い主)のかかとにかみつく。」救い主キリストが十字架上で苦しみ、死ぬことによって、また復活することによって、あなたと私が回復され、楽園が回復されるのです。「我が神、我が神、なぜ私を見捨てたのですか?」十字架上で、イエス様が叫んだように、主イエスは、私たちの代わりに疎外疎遠され他のです。それによって、私たちは、神に里帰りし、受け入れられ、私たちが園に帰ることができるのです。。。造り主に立ち返るのです。今!ぜひ!

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