2021年8月19日木曜日

Pray for Afghanistan…..

 


Please urgently intercede for the Christian missionaries, pastors and believers in Afghanistan. My understanding of the situation in Afghanistan is that since it is so chaotic, none of us are sure what is actually happening. We do know that the Taliban has a history of extreme cruelty, not only to Christians, but also to women and minorities. I urgently ask you to pray, knowing that God knows. It is said that over 200 Christian missionaries have been sentenced to die anytime now, by Islamists. Also it is said that a radical Islamic group has just taken Qaraqosh, the largest city in Afghanistan, with many Christians. Hundreds of Christian pastors, men, women and children are said to have been beheaded. We aren’t sure of what is actually happening. However, I am sure it is going to get excedingly dangerous for all those who do not fall into the Talibans world view. I myself have been urgently praying for the Lord’s Spirit, presence, courage, grace to abound, especially to the children and women.

アフガニスタンのクリスチャン宣教師、牧師、信者のために緊急に執り成しをしてください。アフガニスタンの状況についての私の理解は、それがとても混沌としているので、私たちの誰もが実際に何が起こっているのか確信が持てないということです。タリバンには、キリスト教徒だけでなく、女性やマイノリティに対しても極度の残虐行為の歴史があることを私たちは知っています。神様がご存じであることを知って、早急に祈ってください。イスラム教徒から、200人以上のキリスト教宣教師がいつでも死刑を宣告されたと言われています。また、過激なイスラムグループは、多くのキリスト教徒がいるアフガニスタン最大の都市であるカラコシュを占領したと言われています。何百人ものキリスト教の牧師、男性、女性、子供たちが処刑されたと言われています。実際に何が起こっているのかわかりません。しかし、タリバンの世界観に当てはまらないすべての人にとって、それは非常に危険になるだろうと私は確信しています。私自身は、主の御霊、臨在、勇気、恵みが溢れるように、特に子供たちと女性たちに、緊急に祈っています。

2021年8月17日火曜日

The Christian husband…..



クリスチャンの夫は、
妻の扱い方によってキリストをどう思っているかを示しているのです。 
ジョンマッカーサー






 

2021年8月9日月曜日

あなたは、本当に変わりたければ、イエス・キリストがあなたの圧倒的な願望でなければなりません


ニューヨーク市のチモシー・ケラー牧師はこう書きました。


あなたは、本当に変わりたければ、イエス・キリストがあなたの圧倒的な願望でなければなりません。。。


心配する時。。。キリストの愛と犠牲によって、全てのものが恵みのプレゼントである。私の功績によってではなく、キリストの寛大さによって。キリストが御自身を犠牲にするほど、私を愛して下さった。ですから、必要なものを続けて下さいます。自分よ、安心しろ。。。


自分の傲慢と怒りを感じる時。。。キリストの愛と犠牲によって、全てのものが恵みのプレゼントである。私は、過去受けるべきものを一回も受けていない。将来受けることも絶対ない。神が私に私が受けるべきものを与えたなら、私はとっくに死んでいるだろう。自分よ、謙遜になれ。。。


罪悪感を感じる時。。。キリストの愛と犠牲によって、全てのものが恵みのプレゼントである。はじめからそれを得たわけではないし、それを自分の行いの不足によって失うこともない。イエスは、過去私を愛したし、今も愛している。この罪を犯すことを知りながらも。自分よ、自信持て。。。


退屈や無気力さを感じる時。。。キリストの愛と犠牲によって、全てのものが恵みのプレゼントである。クリスチャンであること自体が奇跡である。驚きなさい。自分よ、不思議に思え。



2021年7月9日金曜日

Amazing Grace


Amazing grace, how sweet the sound,

That saved a wretch like me.

I once was lost, but now am found.

Was blind, but now I see.

 

*日本語訳

驚くばかりの恵み、なんと良い音色、

私のような汚れた者を救うとは。

私は迷っていたが、今は見つかった。

私は盲目であったが、今は見える。

 

この「驚くがかりの恵み」は、私たちが最も好んで歌う賛美歌の一つです。英語の題名“アメイジング・グレイズ”「びっくり仰天するような恵み」は、作詞家ジョン・ニュートンの驚きの溜息を反映しています。

ジョンの母親は神(創り主)を信じる敬虔な婦人でしたが、彼が7歳になる前に亡くなりました。少年期の初めごろから彼の反抗心は強くなって非行化し、学校を早々と中退して憧れの船乗りになり、同時に放蕩にふけるようになりました。次々と船を変えた彼は、西アフリカの海岸地方で奴隷を売るという、人間として最低の仕事に手を染めるようになりました。そのうちに奴隷船の船長となり、血も涙もない残忍な男になり果てたのです。

ところが1748年の3月10日に、船でアフリカから英国に帰る途中、大嵐に遭いました。いのちが風前の灯というところまでの危険に追い込まれた彼は、生まれて初めて信仰書を開く気持ちになりました。そして聖霊(神)は、その本に書いてあるメッセージを、やがて彼がキリストを信じて受け入れるための種として、彼の心に植え付けられたのです。

それからしばらくして彼はみごとな回心を経験し、さっそくリバープールの港町で伝道活動を始めました。39歳になると公に伝道者として認められ、英国国教会の牧師に任命されました。

しばしば彼は大きなホールを借り、伝道大会を開きましたが、そのつど多くの群衆が「回心した元船長のあかし」を聞くために集って来たということです。彼は82歳で天に召されましたが、最後まで、彼の生涯を劇的に変えた神の恵みに「びっくり仰天する」のをやめませんでした。死期が近づいたある日、彼は講壇に立ち、大きな声でこのように言ったということです。「私の記憶はほとんど薄れた。しかし、二つのことだけは、はっきり覚えている。その一つは、私が途方もなく大きな罪人であったということ。もう一つは、キリストは途方もなく大きな救い主であるということ」。

Amazing Grace’を聞く時「キリストは途方もなく大きな救い主である」ことを覚えましょう。

 

「神が愛する方(イエス・キリスト)によって私たちに与えて下さった恵みの栄光がほめたたえられるためです。」 聖書 エペソ1:6

 

2021年6月10日木曜日

That Dear Cross of Christ!

 

"Oh, the power, the melting, conquering, transforming power of that dear cross of Christ! My brethren, we have but to abide by the preaching of it, we have but constantly to tell abroad the matchless story, and we may expect to see the most remarkable spiritual results. We need despair of no man now that Jesus has died for sinners. With such a hammer as the doctrine of the cross, the most flinty heart will be broken; and with such a fire as the sweet love of Christ, the most mighty iceberg will be melted. We need never despair for the heathenish or superstitious races of men; if we can but find occasion to bring the doctrine of Christ crucified into contact with their natures, it will yet change them, and Christ will be their king." 

C. H. Spurgeon