2019年10月26日土曜日

「恵み溢れる全ての感情は、心砕かれた感情です。」


「恵み溢れる全ての感情は、..... 心砕かれた感情です。真のキリスト者の愛は、..... へりくだり、心砕かれた愛です。生徒らの願望は、たとえそれがどんなに熱心な願望でも、へりくだった願望です。彼らの希望は、へりくだった希望、そして彼らの喜びは、口に言い表せなくとも栄光に満ち溢れていて、へりくだり心砕かれた喜びです。それはクリスチャンの霊をより飢え乾かせ、より幼子のようにさせ、より態度を低くさせるのです。」ジョナサン・エドワーズ

聖書・イザヤ57:15「いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。『わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。』」

2019年10月19日土曜日

The Early Church Thrived Amid Secularism


Please read The Early Church Thrived Amid Secularism....

Here are some quotes:


Instead, Christians engaged the culture without excessive compromise and remained separate from the culture without excessive isolation. Christians figured out how to be both faithful and winsome. They followed what was then known as the “Third Way,” a phrase that first appeared in a second-century letter to a Roman official named Diognetus.


Jesus Christ summoned his followers to a new way of life because he was first and foremost the way to new life. In other words, it was his uniqueness that made the early Christian movement unique.

They did not see themselves primarily as consumers who attended worship to hear a good sermon and sing a few familiar songs but as beholders of the unspeakable glory of God. Worship not only ushered them into the very presence of God but also prepared them to return to the ordinary life of market, home, and neighborhood as disciples of Jesus.

In the same way that it’s not easy to understand and to follow the Christian faith in our increasingly post-Christendom setting, it wasn’t easy to make sense of in a pre-Christendom setting. Which is why the early Christian movement established the catechumenate as a strategy of formation. This ancient Christian process of formation, which lasted two or three years, was both inherent to the faith and necessary for its survival and growth. It was inherent because discipleship was the only possible response to the Lordship of Jesus Christ. And it was necessary because the church faced stiff opposition and competition in the ancient world. The difference between Roman religion and Christianity was so great that the church had to develop a process to move people from the old world of traditional religion to the new world of Christianity.


The harder Christians fight, the more precipitous the decline will be, for cultural power and privilege will come at an increasingly high price.

2019年10月15日火曜日

『帰る』 ルカ15:11―32


まず、ルカ15:11―32を呼んでください。ルカによる福音書 - 章 15


私は、小学校の2年生の頃から東京の寮とアメリカンスクールに行っていました。正直言って、結構辛かったです。でも、はっきり覚えている事は、松本に帰って来たら、親は、大喜びで迎えてくれたことでした。私たちは、秋に1週間、クリスマスに2週間、春に1週間、夏に3ヶ月近く郷の松本に帰れたのです。金曜日の晩、アズサに乗って、帰って来たのです。クリスマスの頃は、山梨県から長野県に入って、八ヶ岳のあたり『雪があるかな?雪があるかな?』っと窓をのぞいて、山をじっと見ていました。親は、英語などで忙しかったから、松本駅から、タクシーに乗って、今の美術館の前にあった、松本聖書福音教会まで行きました。そして、入ったら「ジャン、デーブ、デンお帰り!」と親は大喜びでした。お袋が私たちのお気に入りの食事ばかり作って下さいました。すき焼き、ジンゲスカン、ストロガノフ。クリスマスは、最高でした!一年中貯金して、家族皆で、白馬などで何泊もして、スキーしに行きました。親と離れていたのは、辛かったです。が、郷に帰るのは最高でした。帰る時、親の愛が豊かにあったのです。。。なら、どうでしょうか?なおさら、生ける神の愛はそうです。

1。愛の必要性:放浪する息子たち。ルカ15:11「またこう話された。『ある人に息子がふたりあった。』」「ふたり」です。放浪する息子は、弟のいわゆる「放蕩」息子だけではなく、後に出てくる兄も、放浪していたのです。心の放浪です。

1219、弟の放浪。弟の方は、まっこうから、見えるように放蕩したのです。12節、弟は、父親に「財産を全てくれ」と言ったら、父親は、分けてやったのです。13節、普通財産をもらう時は、父親が死んだ後です。弟は、父親に「死ね!」と思っているのです。。。数日たって、弟は、「何もかもまとめて遠い国に旅立った」のです。放浪、いや「放蕩」の始まりです。13節後半「そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。」14節「何もかも使い果たした。」

快楽主義でしょうか?このようにして、放浪し、放蕩する人はいます。「神なんかいないし、いらない。聖書の掟なんか関係ない。好きなように生きる。」自己中心的な快楽によって、神から出来るだけ遠く離れていたいのです。キリスト教を信じると、楽しみが無くなると思うのです。何の要求もされたくないのです。教会には、行きなくないし、聖書は、学びたくないのです。

2532、兄の放浪。兄は、父の近くにいます。体は。しかし、心は、父から遠いです。25節「ところで」という言葉で、話が続きます。話の主なポイントの一つです。「兄息子は畑にいた」とあります。26前半、自分自ら近寄って入るよりも「しもべのひとりを呼んで」、遠くから状況を聞きました。弟の祝宴を聞いて、28節「兄は怒って、家に入ろうともしなかった。」心は遠いのです。心の放浪です。29節「しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。』」兄は、真面目。努力家。ルールを守っている。完璧。彼は、自分のレジメ、履歴、功績を誇っているのです。道徳的に立派ですが、偽善者です。お父さんに多くしゃべっているのです。建前は、父親に近かいですが、本音は父親から遠いのです。が、2224、父が喜ぶ所からは、離れているのです。体は近いですが、心は、遠く、放浪しているのです。

『クリスチャン』と名のる私、私たちは、兄にとても似ている可能性があります。どうしていわゆる『罪人』は、教会に引かれないのでしょうか?聖書の恵みを忘れて、聖書の高い基準で自分を、人を裁いたりしてしまうのではないでしょうか?私達には、パリサイ的な高慢な心があるのではないでしょうか?。。。また、兄は、日本人と似ています。私も、日本で生まれ、育った者です。日本人は、道徳的です。少なくても、建前では。犯罪の少ない国です。経済的にも、教育的にも、文化的にも、優れています。でも『神なんか、救い主なんか、キリストなんか、いらない』と思うのです。。。自ら正しいと思う人こそ、神から一番離れているのです。道徳的な人こそ神に帰りにくい、近寄りにくいのです。自分は、立派だとう思うからです。。。道徳主義者は、こう思うのです。『私は、この放蕩息子のように悪い事をしていない。私は、犯罪を犯していないし、人にも迷惑をかけていません。他の人と比べて良い人だと思う。』確か、人の基準から見て、真面目なのです。。。でも、神の基準、聖書、から見てどうでしょうか?自分の歩みをキリストの歩みと比較したらどうでしょうか?本当に自分は、隣人を自分のように愛しているでしょうか?正に「兄」であり、道徳主義者です。神、郷、拠り所から遠いです。とてもとても悲しい事です。私も、アメリカ人も、日本人も、あなたも、同じ罪人です。。。しかし、28節、この箇所のように、神が「出て来て」、31-32、道徳主義者にも、私とあなたにも、アメリカ人と日本人にも、声をかけているのです。

2。愛の源:二人を愛するお父様。父親業を20年以上やって、私の愛がどれほど足りないかをとことん感じます。子供が小さい時、怒ったり、忙しすぎたりして、子供を尊び、顔と顔を合わせて聞いてあげたりしませんでした。どんなに私の父親の愛は、足りないか、とても悲しい事です。。。でも、神の愛は、違います。快楽主義の弟、真面目な兄、二人とも愛されています。。。お父さんの接し方を見ましょう。。。接続詞の「ところが」が聖書の最も特別な言葉の一つです。。。「ところが」。。。20節「ところが父親は」。22節「ところが父親は

2024、弟への愛。。。仏教にも放蕩息子(ちょうじゃぐうじ)の話があります。でも、仏教の話では、帰る時、息子は父を恐れます。和解できる前に何年も何年も働かされます。仏教の放蕩息子の話には、父がたくらんで、歓迎する前に、息子を働きに行かせます。そして、後で、お父さんの方から近寄り、こう語ります。「心を楽にしなさい。私は、いわゆる『あなたの父』です。もう心配しないで。なぜ?私は、年取って、あなたは若くて元気です。あなたが働いている間、あなたは、嘘ついたり、怠ったあり、怒ったり、文句言ったりしなかった。あなたは、他の働き人が犯したような罪を犯したのを見た事がない。今から、あなたは、私の特別な子になる。」働いたから、良い子になってから、やっと帰り、息子になれるのが仏教です。

聖書の放蕩息子の話は、対照的です。違うのは、恵です。立ち返る弟に対して、父は、どう返事するのでしょうか?20節ところが、まだ家までは遠かったのに」。で、動詞を見てください。「走り寄る愛」と滝元明先生が言いました。英語では、名詞が大事です。が、日本語は、動詞が大事です。一、20節、「見つけ」。二、「かわいそうに思い」。三、「走り寄って」。四、「抱き」。五、「口づけした」。六、2223、「しもべたちに言った。」で、言った言葉の中の動詞を見てください。七、『急いで』。八、『一番良い着物を持って来て』。九、『着せ』。十、『手に指輪をはめさせ』。十一、『足にくつをはかせ』。十二、『肥えた子牛を引いて来てほふり』。十三、『食べて祝おう』。息子の回復を覚え喜び、十四、『死んでいたのが生き返り』。十五、『いなくなっていたのが見つかった。』。。これが神の私たち立ち返る者に対する深い愛を例えているのです。これが私たちに対する豊かな豊かな神の愛です。エペソ2:4「しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに」とにあります。

2832兄への愛。不審に思う、近寄らない、心が遠い、心が冷たい、兄に対して、この話の最後のほとんどが向けられています。ポイントでもあります。28節、兄が父のところに行くべきなのに、父は謙虚に「出て来て」とあります。時間をかけて説明し、丁寧に説得しているのです。。。28節後半、叱らず「いろいろなだめてみた」のです。。。2930、「しかし兄は父にこう言った。」父は、息子の話をしっかり聞いたのです。。。31節、兄も、常に父の恩恵を常に受けていたのです。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。』でも、真理を変えなかった真実な愛でもあるのです。32節『いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』父親にとって兄息子も、弟息子と同様に、極めて大事なのです。。。でも、この放蕩息子の話は、実は、兄の話なのです。兄のような人たち私たちの為なのです。

レンブラントの油絵「放蕩息子の帰還」を見て下さい。レンブラントは『光と陰』で有名です。光は、お父さんと放蕩息子にあります。恵は、ここにあるとレンブラントは語っていると私は理解しています。放蕩息子は、謙ってお父さんの足下にひざまずいています。お父さんは、両手を愛情持って放蕩息子の肩に置いています。しかし、陰は、右側の兄の方にあります。彼は、弟を上から見下しています。恵みは、ここにはないように見えます。。。しかし、兄のような人にも「恵みの栄光」が必要なのです。

1421「帰る」のです。弟のような快楽主義者の私達のために、兄のような真面目な私達のために、創り主の天の父に帰るお手本は、あるのです。弟にあるのです。。。先ず、神の摂理を見てください。14節「その国に大ききんが起こり」ました。困難が帰るきっかけになるのです。1416「彼は食べるにも困り始めた。」最低です。15節前半、人に寄らざるをえない。15節後半、汚い豚の世話をさせられる。16節前半、汚い豚の餌まで食わなければならない。16節後半、誰も気にかけてくれない。。。神は、状況、自然、飢饉を用います。摂理によってをも使います。が、人は、頼りないことをも教えます。困難は、私たちを神に近よせる大事な恵みです。

弟の態度を見てください。1718、飢饉のおかげで、神の摂理によって、彼は「我に返った」のです。『父のところには。。。』と。。。4回も繰り返してありますが、1821彼は『罪を犯し』た、と認めたのです。私たちの罪は、先ず、人に対してではなく、天の神に対して罪を犯したと、認めるのです。自分の高慢を認めるのです。。。彼は、謙虚でした。19、21「子と呼ばれる資格はありません」と2回も書いてあります。。。自分を正直に見るのです。罪を認め悲しむのです。あまりにも足らない自分の善、パフォーマンス、功績、行い、ベストを否定するのです。


でも、肯定的に、20節彼は、父に向かって行ったのです。20前半 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。」彼は、帰ったのです。。。方向転換したのです。私は、ある方にこう例えました。あなたは、イエス様を背にして歩いています。が、イエス様は、あなたの肩を叩きます。そして、あなたは、振り向いて、イエスに向くのです。主の十字架にを仰ぐのです。。。主は、天の郷を離れ、人によって除け者にされ、罪が一切ないのに、犯罪人扱いを受けたのです。十字架上で、私たちの罪を代わりとなって、負背負ったのです。また、復活しました。このイエス様の後に付いて行くのです。従うのです。。。生ける神に、その愛に帰るのです。愛の神に安らぐのです。恵にどっぷり浸かるのです。父のふところに飛び込むのです。。。帰って、その恵の鼓動を聞くのです。14世紀ごろの思想家・聖職者トマス・ア・ケンピスは、こう言いました。「喜びて神のささやきの鼓動を聞く人は、幸いなり。」

この世の父親母親の愛には、あまりに限度があるのです。痛い程知っています。父親の私は、もちろんです。素晴らしい宣教師であった私の父親母親でもそうでした。奈帆のような立派の母親でもそうです。でも、真の親である神の愛は、間違い無いのです。豊かに豊かにあるのです。そして、この恩方のふところに飛び込むのです。帰るのです。

2019年10月5日土曜日

「並外れた祈り」


「並外れた祈りを通して、リバイバルとキリストの御国の建設のために、神の民の明確な同意と明確な団結とを促進する。」ジョナサン・エドワーズ

「個人てに祈ることに加え、エドワーズはその時代にスコットランドから発端した大規模な『祈りの運動』に身を投じました。説教者個人の隠れた祈りと、大勢が協同で一緒に捧げる祈りは、神の憐れみの中で重なり合って、御霊と力の存在と威力を実証します。」ジョン・パイパー


使徒の働き4:31「彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。」