2019年5月6日月曜日

「愛は、相手のために命を捨てることができるものです。」


明治時代の頃、ヘボン式ローマ字で有名なジェームス・ヘボンは、日本の横浜などで、宣教師、医者、教師として活躍していました。ヘボンの家に、キリストの十字架につけられた絵がありました。しかし、キリシタン禁制の時代だったのです。神奈川奉行がこの絵を差し押さえようとしていたのです。その時、奉行の方が「ヤソ(イエス)はなぜ十字架につけられているのか?」と尋ねたら、ヘボンは十字架の愛について語りはじめました。(当時の日本人、は「愛」について全然を知らなかったのです。)それは「ご利益のようなものか?」「いえ、そうではありません。愛は、相手のために命を捨てることができるものです。」「そうか、愛とは慈悲に近いものだな。」「いえ、もっと深いものです。自分を傷つける者さえも抱きしめることができるものです。子供が母の手を振り切って、危険の中に自ら入ってしまうように、私たちも自分で何をしているのかわからない罪の中にいます。危険な火事の中に何も知らないで飛び込む子供のような私たちを助けるために、イエス様は十字架の上で代わりに死なれたのです。」その奉行の方は、やっと愛について理解しはじめました。その後、ヘボンは、大使館専属の医師に任命されました。身の危険が及ばないためだったのです。不思議に、十字架の愛について尋ねたその奉行の方がその提案をしてくれたのです。彼は十字架の愛について理解したのでした。

聖書・ローマ5:8「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」

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