By Steven L. Childers ステイーブン・チルダーズ
クリスチャンにとっての素晴らしいニュースは、私たちの冷たく、かたくなな心のための神様の治療法があるということです。その治療法は、人の心を変える福音の力にあるのです。そしてその治療法は、私たちの再生だけでなく、私たちがキリストの似姿に変えられることをも目的とします。そしてその目的は、ただ単に罪の赦しを得させるだけでなく、私たちを真実に神を礼拝し、人々を愛する者へと変えるのです。
上記のような治療法が人々に変化をもたらさず、かえって拒否的な考えや絶望に陥れるのは、それらが人々の心に届かないからです。根本的な問題は私たちの外側、あるいは私たちの行動にあるのではありません。それは私たちの心の問題なのです。
それでは、福音はいったいどのような方法で私たちの偶像礼拝をしやすい心を変えてくれるのでしょうか。それは悔い改めと信仰を通して行われます。イエス・キリストのメッセージはシンプルでしたが、人生を変えてしまうほどのものでした。「悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)。使徒パウロは、悔い改めと信仰は信じる者の人生の中で常に行われるべきものであるとし、こう書いています。「あなた方は、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい」(コロサイ2:6)。
信仰は私たちに、私たちがすでにキリストにあって与えられている多くの特権を常に喜び、繰り返し確かめることを要求します。私たちが信仰によってキリストに結び合わされるとき、私たちは彼にあってとても豊かで驚くべき霊的遺産を与えられるのです。王家に生まれた子供たちのように、私たちも、与えられた相続権の豊かさすべてに気付くのには時間がかかります。
日光を浴びている石は、暖かくならざるを得ないと言う格言があります。同様に、私たちが、私たちの石のようにかたくなな心を福音の暖かさと光にさらすことを学ぶとき、私たちは変えられていかざるを得ません。私たちの悩みや恐れが何であろうと、私たちの心が神様の声で繰り返しこの永遠の真実を聞くことにより励まされ、強められ、変えられていくために、私たちはこの福音を私たち自身と周りの人々に、常に述べ伝えていかなければなりません。
憐れみと恵みは、水のように一番低い一番低い場所—十字架の足もとーに流れると言われています。私たちはこの場所でこそ、自分を低くし、プライドや自己充足を捨て去り、神様に対し我々の真実の姿をさらけだすのです。そしてまたこの場所でこそ私たちは、イエス・キリストの似姿へと更に変えられる超自然的力、勇気、そして強さを見いだすのです。
チルダーズのVIMEO ~ Dr. Steven L. Childers
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